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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)8682号 判決 1961年10月30日

原告 長谷部政二

被告 三洋商事株式会社

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金八〇万円およびこれに対する昭和三五年一〇月一九日から右支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする、との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

原告は訴外草加製紙株式会社(以下草加製紙と略称す)に対する浦和地方裁判所越谷支部昭和三五年(ワ)第一五号約束手形金請求事件につき勝訴の判決を受けた。

原告は右約束手形金債権を保全するため、浦和地方裁判所越谷支部昭和三五年(ヨ)第八号債権仮差押事件において草加製紙の被告に対する別紙目録記載売掛代金債権の内金八〇万円について仮差押の決定を得、右正本は債務者たる草加製紙に対しては同年六月一八日、第三債務者たる被告会社に対しては同年六月二〇日、それぞれ送達された。その後、前記勝訴判決の執行力ある正本に基き同裁判所同支部昭和三五年(ル)第八号、同支部同年(ヲ)第一一号債権差押並びに取立命令申請事件において、右仮差押をした債権につき、債権差押および取立命令を得、右正本はいずれもその頃草加製紙および被告会社に送達された。

原告は、右債権取立命令に基き、被告会社に金八〇万円の支払を求めたが、被告は任意の支払に応じない。

よつて被告に対し右金八〇万円およびこれに対し、本件訴状が送達された日の翌日である昭和三五年一〇月一九日から右支払ずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求におよんだ。

と述べ、

被告の主張事実に対して、

原告主張の債権の表示はやや不正確の嫌いはあるが、当時被告会社が草加製紙に対する買受債務は本件債務の他なく、原告主張の表示から紙類に関するものであることは明らかなところであり、被告会社としては、その主張する買受債務を指すものと直ちに了解できるものである。従つて表示はいささか不備でも同一性に欠けるところはない。その他の主張事実は知らない。

と述べ、

証拠として、

甲第一ないし第三号証を提出し、証人梶谷幸吉、同笠原政夫、同田島亮治の各証言、並びに原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立は知らないと述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張の仮差押、差押および債権取立命令があつて、その各正本が原告主張の頃送達されたことは認めるが、右仮差押、差押および取立命令の対象である原告主張の被告が草加製紙に対して負担する模造反古および茶模造の買受代金債務一二三万円は被告としては負担したことのないものである。被告会社は昭和三五年五月二三日草加製紙に対し、各種有光紙を代金総額金一、四九四、〇八〇円で注文し、納入を受けたことはあるが、これは明らかに原告の主張するものとは相違している。従つて原告の請求には応じるいわれがない。

仮りに前記仮差押、差押および取立命令が、被告と草加製紙間の右の有光紙の売掛代金に対してなされたものとしても、被告は、前記売買代金一、四九四、〇八〇円のうち金五〇万円は昭和三五年六月一〇日、金九九四、〇八〇円は同月一八日、いずれも代金の支払にかえて被告会社振出の約束手形(支払期日は五〇万円の手形は同年八月一〇日、九九四、〇八〇円の手形は同年八月三一日)で支払つており、前記仮差押命令が被告会社に到達した同月二〇日以前に有光紙売買代金債権は消滅している。

仮りに右主張が認められなく、支払確保のために前記手形の交付があつたとしても、前記の通り、右約束手形二通が支払期日に支払われた以上、原告は被告に対し有光紙売買代金の請求はできないものである。

と述べ、

証拠として、

乙第一、二号証、第三号証の一、二、第四号証の一ないし五、第五号証の一、二、第六号証の一ないし一二、第七、八号証を提出し、証人山下直良、同郷野昌、同田中茂男の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、原告がその主張の如き勝訴判決をうけたこと、その主張の如き仮差押決定をうけ、その主張日時に夫々草加製紙、被告会社にその正本が送達されたこと、原告が右勝訴判決の執行力ある正本に基き、その主張の如く、右仮差押にかかる債権に対し、差押並びに取立命令を得、その裁判の正本がその主張の通り送達されたことは、原被告間に争のないところである。

二、そこで、原告のなした仮差押、差押および債権取立命令の対象となる債権につき、原被告間に争があるのでこの点を判断する。

(一)  草加製紙と被告との関係。

証人山下直良の証言により成立を認め得る乙第四号証の二、三、五、第五号証の一、二、証人田中茂男の証言により成立を認め得る乙第一、二号証、証人郷野昌の証言により成立を認め得る乙第六号証の一ないし一二、および証人山下直良、同郷野昌、同梶谷幸吉、同田中茂男の各証言を綜合すれば、被告会社と草加製紙の間に被告を買主として、昭和三五年五月二三日有光紙三七一七連を代金一、四九四、〇八〇円、納期同年六月一八日の約で売買契約がなされ、草加製紙では古雑誌を原料として右有光紙を製造し、出来上つたものを逐次被告から納入場所として指定されていた訴外池端運送まで、六月七日から六月二〇日まで届け完納したこと、代金支払は、当時草加製紙は資金難に陥入つていたので急場をしのぐため、同年六月一〇日有光紙売買代金の一部五〇万円につき、支払期日昭和三五年八月一〇日とする額面五〇万円の約束手形で支払を受けたこと、残代金九九四、〇八〇円についても同月一八日、既に有光紙の製造が完了し、たまたま前記運送店の都合により運送ができなく、同月二〇日に運送される予定になつていたので、特に同日支払期日を同年八月三一日とする額面同額の約束手形の交付を受けたことが認められる。

(二)  原告のなした仮差押について。

成立に争のない甲第一号証によれば、原告は草加製紙に対する債権を保全するため浦和地方裁判所越谷支部昭和三五年(ヨ)第八号債権仮差押事件にて仮差押の決定を得、草加製紙の被告に対する債権の内金八〇万円を仮差押したこと、仮差押を受けた債権の表示は、債務者(草加製紙)が第三債務者(被告)に対して有する模造反古および茶模造の売掛債権の内金八〇万円とされていたことが認められる。

(三)  証人山下直良、同郷野昌の証言によれば、当時訴外草加製紙と被告との間には前認定の有光紙売却代金債権のみしか存在しないことが認められる。

(四)  以上認定の事実から、原告の債権の表示はいささか妥当を欠くが、草加製紙と被告会社間に、売買代金債権の関係は右認定の只一つであつたこと、表示が紙に関係していること、売買代金債権であること等を考慮してみると、すくなくとも被告に於いては、前認定の代金債権を差押えられたことは明らかに知り得るところであり、原告としても表示に不十分はあるが、これを目的としていることは明らかなところであるから、原告の仮差押、差押、取立命令の対象とする債権は右認定の有光紙の売買代金債権と認めるのが相当である。

三、被告は前認定の通りの手形を仮差押の正本の送達される以前に支払に代えて振出したので既に債権は消滅していると言うのでこの点を判断する。

前認定の如き場合、手形を支払に代えて交付するとの特約がない限り、手形交付は支払のためになされたと考えるべきであるが、本件の場合支払に代えて手形を交付するとの特約は本件全証拠によるも認められない。

四、右の如く代金債務の支払のため約束手形が振出された場合、草加製紙としては、代金債権の支払を請求しても、或は手形金の請求をしてもよいわけである。草加製紙が右手形を他に譲渡した場合、通常草加製紙としては、被告に売買代金の請求をすることはないが、仮りにこれをしても被告としては手形と引換えに支払うと云うのは当然のことである。証人郷野昌の証言により成立を認め得る乙第三号証の一、二及び同証人の証言を綜合すると、前認定の有光紙の代金の支払のため振出された前認定の二通の約束手形は、いずれも、前認定の仮差押決定が被告並びに草加製紙に送達される前に、訴外郷野猛に草加製紙の債務の支払のために裏書譲渡されている。そして乙第一、二号証によれば、いずれも満期に手形交換所を通じて支払われている。従つて右二通の手形はいずれも被告の手中にあるわけである。そして右支払により売買代金債務は消滅したことになる。

右の如き事実関係にあつて、原告が取立命令を得ても、現実には到底取立はできないものであり、被告に草加製紙に対する支払を禁止しても、手形所持人に対する支払は、代金債務の支払に窮極的になると言うに過ぎないのでこれを防ぐことはできず、結局原告としては、右事実関係のある本件に於いては、到底支払を得ることはできない訳合である。

従つてこの点より原告の請求は理由がないことに帰する。

仍て原告の被告に対する金八〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和三五年一〇月一九日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡田辰雄)

目録

一、金八〇万円也

訴外草加製紙株式会社が被告に対し昭和三五年八月二〇日現在に於いて有する模造反古及び茶模造売却代金一二三万円の内金但し右は浦和地方裁判所越谷支部昭和三五年(ヨ)第八号債権仮差押命令によつて仮差押執行済のもの

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